新聞記事に見る横浜外国人墓地と山手1988~2002

SCRAP:新聞記事に見る横浜外国人墓地と山手1988~2002

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「平和の象徴」
アンネ・フランク形見のバラ
横浜外国人墓地に移植

毎日新聞社1997.06.27地方版/神奈川

 広島・福山市から株分け 第2次世界大戦中、ナチス・ドイツのユダヤ人迫害下でつづった日記「アンネの日記」の著者、アンネ・フランクの形見のバラが26日、横浜外国人墓地(中区山手町)入り口に植えられた。

 同墓地にナチスに追われて逃亡したユダヤ人の墓があることから、広島県福山市のホロコースト記念館から、同記念館に咲くアンネのバラを株分けして贈られたもの。橋渡しをした「横浜外国人墓地を愛する会」の大藤啓矩事務局長は「平和の象徴として大切に育てたい」と話している。 
 アンネのバラは、オランダ・アムステルダムのアンネ一家の隠れ家に咲いていたバラをベルギー人の園芸家が改良、アンネの父、オットーさんに贈ったもの。1971年にイスラエルでオットーさんと会った日本の合唱団にオットーさんが贈り、以後、厚木市の教会など全国約200カ所に広まった。 今回は、大藤さんが以前から文通していた福山市の女子中学生から、ユダヤ人迫害の記録を集めた同記念館にアンネのバラがあることを聞いた。
 同墓地には、故・杉原千畝リトアニア副領事が日本経由で多数のユダヤ人を逃亡させるのを手助けしたポーランド生まれのユダヤ人、ジョーセフ・シムキンの墓があることから、同記念館にバラの苗を希望し実現した。 この日は、同会のメンバーや、近くの市立元街小学校2年生児童らが、イエロー・オレンジのバラの苗にていねいに土をかけていた。

[ひと人交差点]
広島大付属福山中学1年の
紙山慶美さん/広島

1997.07.02 毎日新聞社・地方版

 福山市御幸町のホロコースト記念館に咲く「アンネのバラ」を、横浜外国人墓地に贈った広島大付属福山中学1年の紙山慶美さん(12)。同市立金江小5年の時、同校に届いた「新青い目の人形」の歓迎会で、同墓地保全のボランティアと知り合い、文通を続けるうちに依頼された。

 同墓地には、第2次世界大戦中、ナチス・ドイツに迫害された多くのユダヤ人を助け、自

身も日本に脱出したユダヤ人、ジョーゼフ・シムキンさんも眠る。植樹は、戦前に「青い目の人形」を日本の学校に贈ったシドニー・ギューリックさんの孫で、「新青い目の人形」の贈呈者、ギューリック3世が行った。 さまざまな平和への思いが、バラによって一つに。紙山さんは「平和を願う私たちの気持ちが、バラを見る人たちに伝われば」

夢知遊人のお話
世界的なおもちゃコレクター
北原照久氏

1997.07.04 毎日新聞社・夕刊

「このおもちゃたちが、全部動き出したら、もう、狂喜乱舞だけどねえ」 にこにこ顔で、そう言う北原照久さん(49)は、テレビ番組「開運!なんでも鑑定団」の鑑定士で、世界的なおもちゃコレクターだ。 そして、僕はアトム。北原さんの知人のおもちゃ作家、荒木博志さんが作ってくれた等身大の"科学の子"で、横浜市中区山手町にある北原さんの事務所の住人なんだ。そんな僕が見た、おもちゃ集めの夢知遊(むちゅう)人の話をしよう。

■みんな見て、見て 横浜外国人墓地から歩いて三、四分。僕のいる事務所の向かい側に、ブリキのおもちゃ博物館がある。一九八六年、北原さんが最初につくったおもちゃ博物館で、一八九〇―一九六〇年代のがん具約三千点が並んでるんだ。 「僕、見せたがりなの」と言う彼は「人が驚いたり、感動すると、もっとスゴイことをしたくなる」んだって。口癖は「これ、いいでしょう」。自宅とか事務所にまであふれてるおもちゃを訪れた人たちに、だれかれとなく見せびらかして「いいでしょう」を繰り返すの。 僕なんか一般には公開されてないけど、ときどきお客さんに見せちゃってる。 「体の素材は防弾チョッキと同じで、空気銃の弾丸でもはね返しちゃうんだ。顔見て、顔。まつげ、本物みたいでしょ…」って。 マンガの原作から割り出した、少年サイズの僕を、夢中で自慢してる。僕は、彼の少年時代のヒーローだけど、荒木さんが作ってくれた時は、本当にはしゃいでたよね。え、お値段? それは聞かないで。 ■巨大倉庫を占領中 北原さんが、二十五歳のときから集めてる、おもちゃコレクションは既に二万点以上。で、私設博物館も全国に五軒もある。 博物館に収まり切れないものは、床面積が百坪と二百坪の巨大な倉庫を、それぞれ占領中だ。 今では「本物が買えてしまう」ほどの値段がついている一九五〇年代のブリキのパッカード(車)や、初期のバービー人形、

スモーキングロボット…。 二十数年前、休暇のたび、倉庫に眠った在庫品を求め、あちこちのおもちゃ屋を訪ね歩いた北原青年。初めての店で、いきなり「何か古い物はないですか」とは聞けなくて、話のきっかけにと「仕方なしに買ってた」がん具も数しれない。 「僕の欲しいおもちゃなんて、せいぜい数百円の品。なのに、超合金のロボットなんて、当時でも二千円ぐらいしたんだよ」なんてグチるけど、それでも買っちゃうあたりが…。いまではマニア垂ぜんのコレクションだけどね。 ■人形の恩返し? 北原さん、少年時代からやっぱり一直線タイプだったらしい。 中学時代にグレ、高校ではABC…も書けなかったのに、あるときテストで六十点とって大喜び。「担任にもほめられて、もう感激」。教科書を丸暗記するぐらい勉強にハマった。で、卒業時には総代になったっていうから、極端だよね。本人は「熱しやすく、冷めにくい男」って言ってるみたいだ。 おもちゃって、安っぽい物の代名詞みたいに言われるじゃない。でも彼は「僕をときめかせてくれるものに価値がある」って、その一点張りさ。 彼の博物館には、ポール・マッカートニーやデミ・ムーアら、世界のおもちゃコレクターもやって来る。 「ポールは感動しちゃって食事に招いてくれた。夢みたいだったな。おもちゃを通じて、自分が豊かになった。幸せだね」 それは、おもちゃの恩返しかもしれない。いつか、みんなが本当にゾロゾロ動き出したら、北原さん、一体どんな顔をするだろう。  ◇    ◇ 「遊び」と「学び」の百三十日間―。「みらい九州・夢知遊博」にちなみ、あれやこれやに夢中になっている、おもしろ"夢知遊人"たちを紹介する。